まさかの失恋相談。坊さんにできることはあるか?

失恋相談がやってきました。
ここは経験豊富な拙僧が…といいたいところですが、実際はなんにも。

●相談されたけど答えられなかった

友人(女性)から、
「人の幸せを願うことって難しいっすね…」
「なんか(心が楽になる)いいお話ってないっすか…」
というような問いが投げかけられました。

いいお話しって坊さんとして何か法話ってことかいな?てかどうしたよ?
仕事で何かあったんか?と、よくよく聞いてみれば、
「3か月前に別れた男が忘れられなくて辛い」
という話。なんと…野暮なこときいてすみません。

しかし言い訳ですが、唐突だったので話も何も、その場はただ聞くだけに終わりました。
一緒にいた別の女の子が、「私も辛いことあったよー」と共感しつつ、自分の事の話をしてくれました。

●他力本願でいこう

さて家に帰ってよくよく考えると、
この気分をなんとかするには、「振られた事実を受け入れる」ことかなあと思います。
ただこれがなかなかうまくいかない。「あのときもっと頑張ってれば」とか、「あれがまずかったのかな」の「たられば」のループにもなってしまう。
自分自身律して、考えを改めていくなんて到底困難なことです。

じゃあどうやって自分は変わっていくのか、というと、「出会ったものからの影響」から変われるんではないかと。
例えば違う環境、場所、人との出会い、書物との出会い、教えとの出会い…
こういうのも仏の差し向けかもしれませんね。

正信偈の源信章に「大悲ものうきことなく、常に我を照したまう」(大悲無倦常照我)とあるように仏は常に慈悲をかけてくださってるので、この失恋のつらさも慈悲の一環なんだろうきっと。
この失恋経験も前向きなエネルギーになっていくといいなぁ。

今は辛いけどいい出会いもまたある。

●関連アイテム

くじけそうなときは正信偈の一節から、仏の慈悲を思い出します。…まあ信じられん時もあるけど…

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